とんま天狗は雲の上

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財政危機と社会保障

 鈴木亘という著者名は最近テレビ等で時々耳にする。経歴を見ると、日本銀行を経て現在学習院大学経済学部教授。専門は社会保障論、福祉経済学とある。経済畑の人である。
 「はじめに」に「知識がない読者でもスラスラ読めるように、平易な言葉だけで、わかりやすく説明することを心がけました。」(P5)とあり、「社会保障社会福祉の専門家たちは、自分が専門としている「蛸壺的」な個別分野の諸制度については非常に詳しいものの」(P6)と喧嘩を売るような表現もあるため、最初から「知識人風テレビ芸人にありがちな大風呂敷に気をつけよう」という意識で読み進めた。
 特に、第1章「『日本の借金』はどのくらい危機的なのか?」や第2章「『強い社会保障』は実現可能なのか?」では、現民主党政権の政策に対して批判的かつ揶揄するような表現が目立ち、また専門的な知識や統計等に対してもマユツバ的な表現が散見され、言いたいことはわかるが、それは言い過ぎではと思う部分が少なくない。(例えば、「現在も、年金福祉施設に大盤振る舞いを行い、厚生労働官僚の天下り先である独立行政法人公益法人がそれに群がっている構図は一向に変わりません。」(P20)など)
 しかし、今のままでは、日本の財政は危機的な状況に陥り、特に社会保障分野について深刻な状態にあることは、筆者が書き連ねるとおりで間違いないであろう。
 「以前の自民党のように、長期政権を保っている与党であれば、多少の選挙の敗北を伴っても、将来の政策運営の状況を考えて、消費税引き上げを固守するということがあり得るかもしれません。」(P99)という記述があり、これも「現在の自民党」では不可能なことは明らかなのだから、不適切な表現だと思うが、不安定な政権下で、大胆な社会保証制度の改革は不可能だという筆者の認識は私も同意するところである。
 第7章まで、延々と現政策の不具合や問題点を列記した後、最後の第8章で改革の提案を行う。ただし、抜本的な改革提案や年金改革案については他の著作を参考にしてほしいとのことで、本書では、医療・介護・保育に関する喫緊の提案のみが紹介されている。
 その内容は、一言で言えば、「価格規制や参入規制を解除して、既得権益擁護の構造からの転換を図り、民間活力を活用した制度構築を図れ」というものである。
 現在の民主党政権(だけでなく自民党政権もそうだが)は、既得権益者に縛られて政権運営をしているようなので、この提案とて、現実はほとんど不可能な政策だと思わずにはいられないが、確かに保険料や税金等の負担率の上昇や公金支出の増大を伴わず、実施可能な方策はこういうことなのだろうと思う。
 ただし、今までほぼ100%公的関与してきた分野の市場開放という提案であり、文中で何度も低所得者への配慮方策について言及しているとおり、その最低限の質をどの程度に担保するのか、そのレベルと方策は難しい。中所得者層に、負担増と引き替えの、受給サービスに対する自由度の拡大がどれだけ受け容れられるかがカギかもしれないが、そのためにはマスコミを動員したかなりの洗脳が必要かもしれない。そのために筆者はテレビ芸人を引き受けているのだろうか。それにしても難しい問題である。

財政危機と社会保障 (講談社現代新書)

財政危機と社会保障 (講談社現代新書)

●いつまでも公費漬け、補助金漬けのままでいる産業は、財政支出増を続けなければ倒れてしまいますから、財政支出をいつまでも拡大し続けられない状況では、持続的な中長期的成長は維持できません。また、財政支出増は、増税赤字国債発行によって原資が賄われているので、これは本来は他の産業に回るべき資金や資源を犠牲にしていることに他なりません。つまり、見かけ上、公費漬け、補助金漬けで特定の産業が成長したとしても、犠牲になった他の産業の方が成長率が高い場合には、これは国全体として成長の機会を逃し、結果的に日本経済の潜在成長率を低めていることになるのです。(P80)
●現在の低成長、人口高齢化社会では、もはや「身の丈に合わない贅沢」となっている多額の公費投入や補助金ですが、業界(業界団体)、官僚、政治家のみならず、高齢者や一般国民までもがそれを享受し、互いに利害が一致した「強固な既得権益構造」となっていることが、日本の社会保障改革を難しくさせている最大の原因です。(P127)
●どんなものであっても、料金が無料であれば大行列が発生することは必然です。無料の物は誰でも欲しいのです。このため、過剰な労働を強いられていることで知られる小児科医に、ますます大勢の患者が押し寄せ、大行列が発生しています。・・・病院の小児科医を疲弊させ、医師離れを加速させている背景には、明らかに、この児童の自己負担額低下の影響があると思われます。児童の医療のために良かれと思ってやっていることが、結果的に、小児科離れを生んで、児童の医療環境を悪化させているのです。(P169)
●再び社会保障給付費全体を抑制する政策をとるのであれば、全体としてのシーリングのほかに、医療・介護・保険産業内部の構造改革も同時に進める必要があります。・・・そのためには、高コストの「護送船団方式」を止め、価格規制、参入規制を緩和したり、業界内の競争を制限する規制を極力減らす必要があります。(P223)