「耳に棲むもの」を巡る5編の珠玉の短編集。補聴器売りのセールスマンが登場する作品が3編。それから。小鳥のブローチとラッパを欲しがった少年。何を感じるでもなく、ただジーンと思う。
でも、ジュウシマツを口に詰め込んで自死した会長の姿は少しグロいと感じた。ラッパを盗んでしまった少年の痛みも辛く感じる。決して静かで心充たされる作品ばかりではない。心がざらついてしまう作品もあった。それも小川洋子らしい、ということでいいのだろうか。
○【骨壺のカルテット】「お父さまの耳の中にあったものたちです」…「耳の骨ですか?」…「正確には骨ではありません。耳の中に棲んでいたものたち、と言えばよいでしょうか…お父さまの心の声を発していたものたち、と言い換えてもよいかと思います…心に浮かんだ言葉は、耳に棲むものたちによってこそ、音になるのです」(P18)
○【耳たぶに触れる】縦笛演奏家は…男のこぼれる涙を一粒一粒鉛筆で塗りつぶしてゆき、音符にしていった。それが一小節だった。二小節は梢から飛び立つ野鳥たちが音符になった。三小節の音符は、今にも消え入りそうな木漏れ日だった。/三小節だけのその小さな曲を、縦笛演奏家は繰り返し吹き鳴らした。…音色は透き通り、風に乗ってどこまでも軽やかに運ばれていった。…縦笛の音に応答するように、野鳥たちはさえずりはじめた。…二種類の音楽はどこにも境目がなく、僕たちの影と同じく一つになっていた。(P47)
○【今日は小鳥の日】こうして会長は、ジュウシマツと心中されました。/私はひざまずき、口から一羽ずつジュウシマツを引っ張り出してゆきました。…すべてを並び終えた時、最初に取り出した…一羽が、まだ息があることに気づきました。…最後まで会長の死に付き従ったジュウシマツを、三分の一の縮尺でブローチにすることはつまり、私にとって会長にお別れの気持ちを捧げるのと同じでした。…あれこそ、生涯最高の作品だったと、自信をもって言えます。(P66)
○【踊りましょうよ】「私の最初の友だちは…耳の中に棲んでいました」…「バイオリンとチェロとピアノとホルンの、カルテットです」…「私の涙を音符にして、演奏をしてくれるのです」…「そして最初のペット、ドウケツエビも耳の中で飼っていました」…「内耳のリンパ液の中で、二匹、仲良くダンスを踊っていました」(P88)
○【選鉱場とラッパ】少年は五線紙の切れ端を丸め…ラッパの中に忍ばせた。…ラッパは星座の音楽を内に抱え、暗闇に包まれていた。決して少年がその音色を耳にすることのなかったラッパだった。(P132)