とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

通訳日記

 ザッケローニ元監督の通訳を務め、ザッケローニや選手たちと共にブラジルW杯を戦った矢野大輔氏。ザッケローニ代表監督就任のニュースを聞いた日からコロンビアに敗戦した翌日、チームが解散するまでの全日記を公開する。副題は「ザックジャパン1397日の記録」。
 筆者の矢野氏はプロ選手をめざして15歳でイタリアに渡り、その後、プロの道は諦めたものの、イタリアのマネジメント会社に就職し、トリノに加入した大黒将志の通訳としてザッケローニ監督と出会った。その後、ザッケローニの日本代表監督就任と同時に本人から電話をもらい通訳になること4年間。その全てのゲームと合宿でのやり取りなどが網羅的に収録されている。
 ザッケローニ代表監督就任を聞いた日の興奮した思いから、監督・選手と共に戦った彼自身の悲喜こもごもの感情も吐露されているが、やはり興味があるのは、W杯グループリーグ敗退という結果の要因としてザックジャパンの内部で何が起こっていたのかという点だ。もちろん矢野氏自身もザックジャパンの一員として、またザッケローニ監督に最も近い日本人としてその采配や指導に批判的な姿勢でいることはないが、選手とのやりとりの中では監督と選手との微妙な食い違いや距離感などが垣間見える。
 中でも、W杯前年の秋、10月の東欧遠征でのセルビアベラルーシとのゲームの間に行われたHHE(「本田・長谷部・遠藤」の意味)ミーティングでは、「もっと自由に、流動的にプレーさせてくれ」と訴える本田に対して、「私がやりたいサッカーに向けて、チーム全体が同じ方向を見て進まなければならない」と主張するザッケローニとの間には、やはり超えられない溝があったように感じられる。結局、2度に渡るミーティングでは、最終的に長谷部が「これからも監督の掲げるサッカーについていきたい」と妥協して終わっているが、ザッケローニの思いと掲げる戦術が、選手がゲームを通して実感する感覚と微妙にずれていたのではないかという感じがしてならない。
 やさしく思いやりのあるザッケローニでは結局、本当の意味での主体性のない日本人選手たちをまとめきれなかったという感じ。
 W杯の敗因として合宿地の問題や事前合宿が重すぎたのではないか、また本田や香川の移籍の問題などが挙げられるが、ザックジャパン内部ではこれらが取り上げられることなく、「まだ大丈夫だ」と必死で気持ちを盛り上げようとする選手たちの姿が描かれている。協会の技術委員長である原さんとザッケローニとの関係も良好だったようだ。結局、こうしたあまりに良好すぎる関係と、その内側で密かに進行していった選手と監督との間の心のひずみが今回の結果を生んだと言えるだろうか。
 あくまでも日記であり、手が届きそうで届かない。言い切っていそうで言い切れない。そんな感じがつきまとうが、一方でかなりの程度、真実を公開しているとも思う。今のハリルジャパンはどんなだろうか。ザッケローニのときよりも権威主義的な印象を持つが、その方が日本人には合っているような気もする。そして通訳の役割も大事だ。新しい通訳の樋渡氏への期待も高い。4年後、どんな通訳日記を読むことができるだろうか。チームの内側から内情を公開する通訳日記の価値は高い。

●監督は宇佐美を連れて行きたがっているが、焦り過ぎていないかを自問自答している。「スピード、技術、強さ。宇佐美は香川(真司)以上にヨーロッパで成功するポテンシャルを秘めている。日本を背負う存在になってもおかしくない」(P35)
●日本の選手はもっと自分に自信を持つべきだ。試合中にちょっとでも怯むとプレーをやめてしまう。それが今の日本の弱点だ。ブラジル相手でも勝ちに行くチームにしたい。ブラジルはもちろん強い。その強さを尊重しなければならない。でも、勝つんだ」(P39)
●これは完全に日本人とイタリア人の視点の違いだと思う。サッカーに限った場合、日本人は起こった現象に対して対応策を求める(事後型)。イタリア人はその問題が起きないように事を進める(事前型)。「この場合どうするの?」と状況を言われても、「そのために練習してるんだから」というのは監督の言い分。面白いのは、日常生活では日本が事前型で、イタリアが事後型になるところだ。(P204)
●チームの方向性、アイデアは監督が決め、選手はそれについてこなければならない。特に中心選手が固まってついてくることが肝心だ。若手はそれに自然と従う。中心がまとまらなければ、そのグループは全く機能しない。・・・このチームの方向性、理想とする形はすでに決まっている。あとは選手たちがそれを信じてやるかどうか。(P292)
●これから代表チームのコンセプトを説明していく。我々が重要視するのは、タレント、インテンシティ、アグレッシブさ。インテンシティとアグレッシブさは、チームとして意識を共有してオーガナイズしていくものだ。インテンシティとは、日本人の特徴であるスピード、アジリティ、技術を前面に出しつつ、コンビネーションを発揮しながら相手ゴールに迫ることを指す。アグレッシブさとは、90分間ボールホルダーにアプローチし、それにチーム全体が連動してボール奪取を図ることだ。(P311)