とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

死者が立ち止まる場所

 東日本大震災から5年が過ぎた。筆者は日本人とアメリカ人のハーフで、顔立ちはアメリカ人のようだが、アメリカ人の祖母の理解もあって日本に何度も渡り、日本語もある程度堪能で、そして曽祖父はいわき市で住職を務めていた。今は大叔母の養子に入った従兄が寺を継いでいる。

 父を亡くしてその悲しみから抜け切れずにいるうちに、東日本大震災が起こった。いわき市の寺に行き、従兄の住職に導かれ、いわき市の海岸を歩き、仮設住宅で死者との別れに苦しむ人々を訪ねる僧侶に同行する。曽祖父の寺の本山である総持寺で座禅会に参加し、さらに永平寺に向かう。

 またさらには、母の従兄が最近心惹かれるという真言宗の総本山・高野山へ向かい「阿字観」を経験する。TVドキュメンタリーに出演し、賽の河原を訪ねる。恐山に行く。それから各地のお盆の行事を訪ねる。六波羅蜜寺清水寺、大文字の送り火。さらに松島の灯篭流し、西馬音内盆踊り。そしていわき市の寺に戻り、祖父・祖母の新盆と納骨を行う。そして再び恐山に向かい、イタコの口から父の言葉を聞き、恐山の院代に会う。

 東日本大震災で亡くなった人々との別れに今も苦しむ人々。彼らの悲しみと自らの父との別れを重ねて、死者といかに別れ、いかに生きていくかを追い求める。そのために日本の多くの死者との別れの形を探る。同時にそれは日本の宗教と文化への理解の旅でもある。本書はまずはアメリカの読者のために書かれた。それゆえ日本独自の文化や日本人の考え方・感じ方をアメリカ人の読者のために解説する部分が多くある。それがアメリカ人が日本文化をどう見ているかを示していて興味深い。

 死について考え、死者との別れについて考え、日本人について考え、そして日本旅行記でもある。複層的で多くのことを考えさせられるが、同時に心温まる。やはり幽霊はいるのだろうか。座敷童はいるのだろうか。そんな不思議な体験も多く書かれている。死者はいつも私たちのすぐ隣にいる。と同時にもうとっくに遠くへ行ってしまった。そう、恐れることなく死者と付き合っていけばよい。

 

死者が立ち止まる場所: 日本人の死生観

死者が立ち止まる場所: 日本人の死生観

 

 

○金田師は・・・除霊やグリーフ・カウンセリングの訓練はまったく受けていなかった。それは現代の僧侶が学ぶべきことではない。だが、かつてそれは僧侶の仕事の一部だったのだ。・・・金田師を始めとする僧侶たちが今またその役割を担っているという事実は、・・・日本の近代化とともに死に絶えたと見なされていた伝統が、実はふたたび必要とされるまでの間、眠っていたにすぎなかったという証拠にほかならない。(P44)

○それは「私が私自身になるためには、間違いや人生の失敗も必要でした」という考え方だ。これは人生を俯瞰するために絶対不可欠な考え方だ。この言葉を常に心に留めておくことによってのみ、人は現在に生きることができる。丸子師は言った。禅の修行が目指すのは、このように前を向いて生きていくことなのだと。(P130)

○「時間に対する考え方を変えなくてはなりません。時間はただ、あなただけの時間ではない」彼は言った。「時間は人間だけのものでもありません」(P137)

○今、私は、生者の地からは反対側にある「賽の河原」で、どうやって元の場所に戻ろうかと逡巡している。・・・けれども、この場所をそれほど怖がるのは間違いではないか。おそらく、ここの教えは、過度に悲しむことの危険ではなく、あの二つの洞窟のように生と死はつながっていることを、そして、私の愛する人は逝ってしまったけれども、私とのつながりがなくなったわけではないということを思い出させることにあるのだ。私の世界は彼らのそれとつながっている。それが賽の河原の目的なのだろうか?(P200)

○正塚婆は、死んだ人を行き返らせることで心の傷を癒そうとしても無理だということを、きっと私に教えようとしていたのだ。もし私がその実現不可能なことをあくまでもやり続けようとしたなら、この世界は私に鬼婆の見たままの表情、すなわち激しい怒りと冷笑に満ちた世界として跳ね返って来るだけだろう。・・・けれども、もし私が違う道を選んだらどうだろう? もし、事実、私の世界は永遠に変わってしまったのだということを受け入れたなら、愛する者を失った痛みは、婆の横顔が示しているように、哀しみで受けとめられる。(P234)

○愛はけっして目には見えないものであり、たとえ相手が生きている人であっても見ることは不可能なのだという意見で、私たちは一致した。私はその花が愛と希望の最後の行為であったと信じたい。結局、私たちの誰かに対する愛はけっしてなくなりはしないのだから。たとえ、「お別れ」により彼らが私たちのもとを去ったとしても。(P309)