とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

スカラムーシュ・ムーン

 上下2段組の400ページを超える大作というのにあっという間に読み終えてしまった。久しぶりの海堂尊だが面白い。今回は「ナニワ・モンスター」の続編。同時期に「ケルベロスの肖像」の物語が流れている。桜宮市のAiセンターの爆破事件の裏で彦根新吾は浪速府で村雨府知事を共に日本三分の計を企てていた。

 そんな嘘くさい政治戯画と並んで、若者たちの有精卵プロジェクトの話が進む。名波まどか等の若者の話がなければ本書はもっと陰湿な小説になっていた。彼らが悩み、奮闘し、愛し合う物語があって初めてこの小説もバランスの取れたものとなる。青春物語と政治闘争と官僚たちの暗躍。それらが一緒くたになり、ごった煮となって雑煮のような味わいを醸し出す。そんな何でもありの、海堂尊のすべてが詰め込まれたような小説だ。

 そしてこの小説で初めて登場した悪役・原田雨竜は彦根と対決した後にアメリカへ送られる。互角の勝負を果たした彦根はシオンとの愛を確認する。名波まどかと真砂拓也は婚約した。「ナニワ・モンスター」のシリーズはこれで終わるのだろうか。いやそうでもなさそうだ。「次は九州に都落ちでもして、麗しい女町長でも誑かすとするか」と最後に彦根が嘯く。次の物語はどんなふうに始まるのか。海堂尊の次も注目しておこう。

 

スカラムーシュ・ムーン

スカラムーシュ・ムーン

 

 

○灰色の壁に囲まれた監獄だと思っていたナナミエッグ。/今、壁が四方に倒れ、あたしはいきなり荒野のまっただ中に放り出されたようなものだった。/強い風があたしの身体を揺さぶる。/あたしを閉じ込める壁だと思っていたナナミエッグは、実はあたしを守ってくれた壁でもあったのだ、ということに、今初めて気がついた。/あたしが望んでいたのは、壁が壊れることではなく、壁に窓を開けることだった。(P53)

○「実はあの事件は冤罪であることが後年の検証で証明されています。・・・検察は実験のためという動機を撤回したのに、世の中にその事実は流れない。司直と官僚のミスは徹底的に隠蔽されるんです。(P180)

○旗を掲げたら国家は滅びる。だが国家とは旗を掲げなければならない存在だ。だとすると国家はいずれ滅びる運命にある。ならば最初から国家たることを止めて純粋意志の集合体になればよい。今の世界はそうした細分化された意思の疎通が可能になっている。(P250)

○政治家は神輿です。担ぐ人がいなければどこへもいけません。そして自分が行きたいところではなく、担ぐ人が行くところにしか行けないのです。・・・官僚は俗人に政権を託し、賞味期限が切れたらスキャンダルで支持率を下げ、別の首にすげかえる。自分たちは神輿の担ぎ手のリーダー役になり都合のいい方向に進めてきました。(P314)