筆者は現役の在エディンバラ総領事。外務省入省後、エジプトやイタリア、スウェーデン、イランの大使館や、ニューヨーク、ヒューストンの領事館で勤務し、大使や総領事を務めてきた。現在の外務省の国際認識に最も近い意見と考えていいだろうか。もっとも「筆者の見解は、外務省を代表するものではない」と冒頭に書かれているが。
そのIntroductionに3つの仮説、(1)今は100年に一度の大転換期、(2)大転換後には、グローバリズムに対抗してナショナリズムが復活する、(3)四つの主要地域にそれぞれの盟主が出現する、が掲げられている。4つの盟主が正しいかどうかわからないが、ある意味、当たり前な見解のように思うが、「このような仮説を立てると、本当かなと訝しがる読者もいるかもしれません」(P3)と書かれていたので、逆にびっくりしてしまった。
以下、本文では、グローバル・エリートに対抗して、中流白人層の「忘れられた人々」の心を捉えて大統領選挙に勝利し、その後もアメリカ第一の公約を忠実に実行しているトランプ大統領(Chapter 1と5)、グローバリズムとナショナリズムの相克と混乱の渦中にあるヨーロッパ(Chapter 2と6)、そして中東と東アジアについては、カーリングと囲碁に例えて、中東におけるアメリカの存在(Chapter 3と7)、中国の台頭の可能性(Chapter 4と8)を分析・検討する。最終パートであるChapter 9と10では、4人の地政学者、マッキンダーのハートランド理論、スパイクマンのリムランド理論、ボールディングの強度喪失勾配、そして関東軍作戦参謀だった石原莞爾の最終戦争論を取り上げて、大転換後の世界の行く末を論じる。
紹介される世界情勢や認識はたぶん正しいのだと思うけれど、結論的にアメリカに追随するのがベストという見解となっているのが正直気に入らない。そのためには、米軍駐留経費負担や安保法制、TPPなどは必要な政策だと言う。「強い者には巻かれろ」政策。「ロシア一国は、経済規模は韓国と同規模のレベルとなり、四大地域と比べてその影響力は限られています」(P238)という文章にもびっくり。ロシアを軽視しすぎではないのか。また、韓国の経済力の大きさにもびっくり。
アメリカの覇権は筆者が言うように今後も長く継続できるのか。中国の台頭は当面難しいという筆者の分析は正しいのか。ヨーロッパや中東の混乱は世界情勢にどう影響するのか。「グローバリズム後の世界では何が起こるのか?」というタイトルに対する筆者の答えは、「ナショナリズムの復活などはあるが、結局これまで同様アメリカ一強で変わらない」というもの。本当かな。
○グローバル化は、経済では格差、社会では移民、政治では軍事の問題を深刻化させ、アメリカ社会に分断の亀裂を生じさせたのです。/20世紀の歴史を振り返っても、格差、移民、軍事の問題は、大衆の人生に最も大きな影響を与える大問題であり続けました。それが大衆の心を揺さぶれば、社会が大きく動くことは、ロシア革命、ヨーロッパにおけるナチスの台頭とそれに続く第二次世界大戦、ユダヤ人の運命など、枚挙にいとまがありません。(P17)
○中国は東欧諸国と関係を深めている……その関係が、国際社会におけるEUの行動に、不可解な影響を与える事例が、出始めているようです。……ギリシャと東欧諸国は、まさに中国の囲碁戦略のターゲットとしては、最適の死角でした。EUの政治分野での決定は、原則として全会一致を必要とします。中国が彼らのうちの一か国でも、翻意させることができれば、国際世論の形成に大きな影響をもっているEUを、黙らすことができるのです。(P217)
○中国がアメリカと並ぶ経済力を手に入れるためには、こうした国内経済の自由化によって、中国の国民がそのもっているエネルギーを発揮できる環境を整えることが不可欠です。それを共産党政権が断行して、アメリカに匹敵する技術力と金融力を手に入れて初めて、中国が名実ともにアメリカと並ぶ経済大国にある展望が開けることになりますが、その具体的道筋はまだ見えていないというのが、筆者の意見です。(P277)
○以上をまとめると、技術力、金融力、軍事力のいずれにおいても、アメリカの時代の終焉とか、G2の時代の到来とかいう議論は、現時点では次期尚早の、実体のないものだと言えると思います。(P281)
○21世紀の将来を規定する最も大きな影響を与える要因は、現状維持勢力の代表でナンバーワンの大国アメリカと、現状変更勢力の代表でナンバーツーの大国中国との関係となるでしょう。……米中間で進展している民主主義と権威主義の大競争時代において、日本は民主主義の現状維持勢力であるアメリカ、ヨーロッパ、そしてアジアの近隣諸国との協力を強化していく必要があるというのが筆者の意見です。(P286)