とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

本当の夜をさがして

 夜空の明度を段階的に表すための光害基準である「ボートル・スケール」なるものがあるそうだ。アマチュア天文家のジョン・ボートルが考案した。最も明るいクラス9「都心部の空」からクラス1「光害が一切ない素晴らしい土地」まで、光害の状況を9段階で表すスケール。筆者はクラス9から順に暗い土地を求めて欧米を渡り歩き、多くの専門家に会って取材をする。アマチュア天文家、照明デザイナー、夜勤の救急看護師、生物学者、光害改善のための活動家、国立公園のパークレンジャー、もちろん天文学者も。

 章立てが面白い。9章から始まるのだ。まずはラスベガスで世界一明るい夜を体験し、第8章「二都物語」ではロンドンとパリの照明デザインを観察する。第7章は「照明と犯罪」がテーマ。明るさと犯罪率の間に何の因果関係もない。第6章「体、眠り、夢」は夜に働く人々への取材結果だ。やはり人間にとって夜は眠らなくてはいけない時間帯だ。一方、第5章で紹介するのは「夜の生態系」だ。夜行動物たちの夜の営みを紹介する。第4章「夜と文化」では、谷崎潤一郎の「陰影礼賛」も含め、闇や陰影の重要性を語る。

 第3章「ひとつになろう」では、世界の各地で繰り広げられている夜空を保護する活動を取材して回る。国際ダークスカイ協会(IDA)から「ダークスカイ・コミュニティ」の認定を受けたイギリスのサーク島には照明がない。トラクターと馬車で移動するのだ。第2章では「照明の未来」について考える。LEDについての記述もあるが、本書ではどちらかと言えば好意的だ。だが本当にそうだろうか。これについては「付録・日本の光害」でIDA東京支部代表の越智伸彰氏から「ブルーライトが多い白色LDEへの懸念」が紹介されている。

 そしてようやく辿り着く第1章「いちばん暗い場所」。筆者はアメリカのデスバレー国立公園での感動的な夜を描写する。しかしそことて地平線にはラスベガス上空のかすかな光が確認できる。もっと暗い土地はあるだろう。だが、光害の存在、闇の豊かさ、夜の重要性などを知るためにも、少し足を伸ばせば体感できる土地があること、それを示唆してくれる人々がいることを筆者は重視する。

 私も2年前に「『ヘブンスそのはら』で満天の星を満喫」してきた。その感動は今も忘れられない。しかしそれとてわずか10分間。本書によればようやく目が暗闇に順応し始める時間だ。そして周囲の山並みは都市部からの光で薄明るく白んでいた。それに比べればアメリカではもっと暗い夜が体験できるだろう。いや日本でもほんの150年前には暗闇はどこでも当たり前で、毎日やってきたのだ。それを思うと、現代人はいかに闇を知らず、夜から遠ざけられているかを思う。付録部も入れると400ページを超える大部だが、引き込まれるようにあっという間に読み終えてしまった。筆者と一緒に、世界の夜と多くの星々を満喫する旅は実に楽しい。

 

本当の夜をさがして―都市の明かりは私たちから何を奪ったのか

本当の夜をさがして―都市の明かりは私たちから何を奪ったのか

 

 

○いったんタイムズ・スクエアに足を踏み入れると、すべてが一変する。デジタル・サイネージ、広告版……そこには夜の空がない。星がたくさん見えないとか、ひとつも見えないとかいうレベルではない。空そのものがないように感じられるのだ。……むしろ、ドーム型のスタジアムにでもいるような感覚だ。……少なくとも、とても夜には思えない。/つまり、闇を感じることができないのだ。(P36)

○夜というものがあって、それはとても美しく、誰にとっても価値あるものだということを、再び人々に意識してもらいたい……人間は夜を差別するあまり、夜を抑圧し、追いやろうとしている。……実のところ、夜や暗闇には夢の材料が転がっている……そこは人間の理解を超えた空間なのだ。「そこに何かがあるという可能性について思いを巡らせるだけで、眠りに解き放たれるのがとても楽しみになるよ。(P160)

西洋文化が善と悪の対立をことさら明示する一方、「アメリカ先住民はずっと曖昧だ……グレーにもいろんな濃さがあって、何かを明白な悪と呼ぶのはとても難しい。善ではなかったとしても、西洋人が言う絶対的な悪でもない」。闇と光が分かれているという概念さえ、一般的でないことが多い。また黒が悪とは限らないし、白が善とも限らない。「お互いにバランスを取り合っているんだ。(P214)

○サーク島でとりわけ感心するのは、そこが無人の地ではなく、暗闇を恐れ、安全を求め、発展を望むはずの人間が実際に暮らしている土地だということだ。……サーク島はIDAが定義した「適正な照明に関する規則、アウトリーチ活動、住民の支援などにより、非常に優れた夜空保護の取り組みを実践している町……」というダークスカイ・コミュニティの条件を満たしていったのである。(P240)

○僕たちの目は暗闇に順応して、10分後にはよく見えるようになり、45分後にはさらにはっきり見えるようになる。そして光のない場所で2時間も目を見開いていると……空に焦点が合ってくる。……僕は双眼鏡で空を覗き、ハッと息を飲む。目に見える星が10倍にも増えたからだ。やがて自分が落下していくような感覚に襲われ……僕が立つ地面を星の天蓋が覆う。……大気のプリズム効果で、クルクル回る風車のように、緑、赤、紫、青に光り輝いている(P321)