とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

みんな政治でバカになる

 「あとがき」の冒頭、「本書は…『オルタナレフト論』を加筆修正したものである……と本当は書きたかったのだが、すぐに更新が滞りがちになり…」、結果的に「『知識人と大衆という古めかしい問題を現代風にアレンジしてみた』に落ち着いた」(P249)と自己評価している。

 ネトウを中心にポピュリズムが席巻する一方、左派は低迷を続けるという日本の現在の政治状況を、何とか理性や知性に基づく合理的な政治はできないのかという視点から分析する。冒頭、まず指摘するのは、人間の認知システムには、言語的・意識的な推論を行う「推論システム」と経験や習慣に基づいて直感的に判断する「直観システム」があるという話。そして、たとえ知的能力の高い人でも気付かず犯してしまう「認知バイアス」がある。それゆえどうしても間違った判断をしてしまう「人間本性によるバカ」の上に、政策が細分化し、全てを正しく理解することはその分野の専門家等以外には困難で、かつ彼らとて専門外の分野には素人同然となってしまう「政治的無知=バカ」が重なる「バカの二乗」という状況になっている。こうした何ともならない状況の中で、跋扈するフェイスニュースや陰謀論に対して、いかに抗し、対応していくか。知性や理性に基づく合理的な政治判断に至るにはどうすべきか。

 本書では、直感で動く大衆の実態、幸福を与える管理監視社会、機能しない市民的公共性と腐敗した市民社会道徳感情を刺激して跋扈するポピュリズム、さらに受け売りの知識をひけらかす亜インテリ(ネトウはこの部類)などを多くの研究や論説等から考察していく。そして最終章では、こうした状況からいかに自由になるかを模索する。

 筆者の提案は、バカの居直りとシニカルな冷笑主義のあいだ、「ドヂの役割に期待する」だ。ただ、それが具体的にはどんな存在、どんな行為なのかは語られない。機能としての「ドヂ」は如何なる形で表現されるのか。本当に有効なのか。わからない。だが、それまでの分析は一考に値する。もっともその内容はけっこう小難しいけどね。

 安部元首相襲撃以降、日本の政治状況は大きく変わった。筆者はこの状況をどう分析しているのか。しかし現在までのところ、旧統一教会関連の疑惑を中心に重ねる野党の追求は、日本の政治状況に大きな変化を起こしているようには感じない。「ドジ」な存在はどこにいるのか。日本の政治を変えなければいけない。そのことだけは理解するのだが。バカにしているだけでは変わらない。

 

 

○大衆の本能的・感覚的思考が増長している。直感や感情に基づいた反応が増えて、部族主義がはびこっている。自立的・自律的で合理的な個人は半ばあきらめられている。…私たちは「人間本性」によるバカ(認知バイアス)と「環境」によるバカ(政治的無知)という「バカの二乗」というべき状態にある。いまや「大衆」の本能的・感覚的思考が全面化している。市民的公共性は衰退し、ポピュリズムが流行し、管理監視社会化が進展している。(P080)

○ジャーナリズムの商業化、インターネットの普及、市民団体や地域社会の衰退によって、国家と個人の中間地帯である「市民社会」が力を失った。「市民は消費者になり、投票は衝動買い」となり、「正統性」と「効率性」を両立させることが難しくなった。本書の文脈で言い換えると、市民的公共性が腐敗し、「道徳感情」のままに生きる「大衆」と「功利主義」的なエリートが対立している、ということだ。(P126)

○数あるソーシャルメディアにおいてとりわけTwitterが私たちの「感情」を掻き立て、「推論システム」ではなく「直観システム」に働きかける。そのなかでも「怒り」の感情が最も拡散されやすい。また、「道徳感情」を煽る投稿は同じ「道徳部族」の内部で拡散されて、「われわれ」の結束を高める役割を果たしている。私たちの「部族主義」を利用し、「道徳感情」を「動員」するポピュリズムにとって、Twitterは最適の「環境」なのである。(P168)

○たしかに運動を広く組織するためには「大衆」の「直観」や「感情」に訴える必要がある。…専門家、ジャーナリスト、知識人たちが、多くの人を「動員」しようと駆け引きしている。しかし、管理監視社会化がすすむなかで、さまざまなデータを持つ企業や政府のほうが断然有利なのではないか。(P212)

○「教養」それ自体からも「自由」になる「教養」が必要だろうし、「部族」ならざる「部族」にならなければならない。もちろん、「部族」から「自由」になった人々は「ドヂ」な振る舞いによって、「部族」の「はえぬきメンバー」からは「不信の念」を抱かれ、「異分子」として排除されるし、「残酷」に嗤われる。…バカの居直りでもなく、シニカルな冷笑主義でもない。そのあいだとして、ドヂな存在が求められている。(P247)