とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

差別の教室

 「差別の教室」というタイトルからは、社会学や心理学などの立場から、差別する意識や社会構造などを解説する本かと思った。だが、筆者は元新聞記者。中央大学で3年間にわたり、計21回、「差別」にかかる講義を行った。そういう意味で「教室」なのだが、海外経験、中でもアフリカや南アフリカでの生活が長かった。そこで経験した差別の実態や意識などを内省し、また多くの取材を重ね、それを踏まえて講義をしている。変にわかったような理論を振り回すのではなく、体験と内省から語られる言葉は、ずっと真実らしく心を打つ。

 人は誰でも差別をしてしまう。町で外国人を見かけたとき、違う会社、よその地区出身の人、性別、年齢・・・。人はそれぞれ違う属性を思っている。その何もかもが差別の要因となる。そのことを自覚し、少しでも差別をしないようにしようと思う。それでも差別をしてしまう。そのことを常に反省し、自省していくことが重要だ。

 その他、「母語の喪失」がアフリカ系アメリカ人の心を蝕んでいるという南アフリカの作家ナディン・ゴーディマの言葉。また、ドイツの哲学者マルクス・ガブリエルの「スマホ抗鬱剤」という言葉も興味深い。「10歳ぐらいまでの経験が人格を決める」というイタリアの物理学者パオロ・ジョルダーノの言葉はどうか。それでも人は変わることができると信じたい。

 

 

○死にかけているとき、自分を見捨てようとしても、それができないと悟ったとき…人間としてこんな苦しい思いをしたくない…だけど、結局は離れられないと自覚したときに恥ずかしくなる。…「人間はなんて小さいんだ、儚いんだ」ということに気づかされた…。そうなると、一人ひとりの違い…属性をもとにした区分け、差別することの無意味を痛感する…死にかけた何度かの体験を経て、差別する心が緩み、和らいでいったような気がします。(P54)

○「やはり言語、母語の喪失が大きいのです。母語は故郷だと私は思います。母語を維持していればどこへでも故郷を持ち歩くことができるのです。でも、アメリカの黒人は母語から無理やり切り離され、自分たちが何者なのかを自分たちの言葉で考えることができない。これは悲劇です」…ゴーディマさんは南アフリカにずっと暮らした人ですが、アメリカ大陸のアフリカ系住民とつき合う中でわかったんですね。彼らは明らかに違うと。その理由を彼女は「母語の喪失」と捉えたんです。(P126)

○「経済が低迷しているのに、一人ひとりはスピードを落とさず前と同じかむしろ速く動いている。するとそこに齟齬が生じて、内向といった逆向きの力が働き、それが鬱を招くということですか」/するとガブリエルさんは…こう応じました。/「速すぎるスピードの中で人は一瞬、内省する。…目的が消えるからです。…その末に…自分の思考が自分自身に反発してくる。それが鬱の要因です。…だから、スマートフォンが流行るのです。スマホ抗鬱剤。…スマホに没頭することで、鬱と闘っているんですよ。」(P148)

○人間は国や社会のしがらみから完全に自由になることはできません。…そんな人が…「名誉白人」という言葉を当てがわれ偏見にさらされる。…何にせよ、人は与えられた環境、状況にどうにか生きていかなくてはならないのです。…こうじた属性、アイデンティティー、ナショナリティー、そして一般論といったものが差別を生み出すのです。そんな「枠」「集合体」から離れ誰もが個として生きていけたら、差別はずいぶんと収まっていくはずです。(P200)

○物心ついてから10歳ぐらいまでがその後の人格を決める。子供の場合は家庭がすべてですから、家庭の中の自分の位置づけが世界のすべてだと思い込む。…その小さな世界の中で日々何を見てどう感じてきたかが、実はその後の世界観、表現に影響を与える。パオロ・ジョルダーノは「それこそがすべてだ」という言い方をしています。(P232)