とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

わたしを離さないで

 カズオ・イシグロの作品で最初に読んだのは、たぶんこの「わたしを離さないで」だったはず。もちろん、人間に臓器を提供するために産み出されたクローン人間たちの話だということは覚えている。そしてなぜか、キャシーとルースとトミーの3人で、海岸に打ち上げられた船を見に行くシーンも。でもそれ以外、どういう話だったんだろうか。気になっていたので、昔、購入した文庫本を取り出し、読み直してみた。

 カズオ・イシグロの作品のなかでは、最新作の「クララとお日さま」に似ているような気がしていたけど、やはりそう。ロボットのクララと、クローンのキャシーたち。そして彼女らがどれだけ温かく、人に勝る感情や情愛をもっていたとしても、人間とは違う。でも、そうだろうか。今の社会でも、クララやキャシーのような立場に置かれている人は多いのではないだろうか。先に読んだ「欧米の敗北」に即して言えば、日本人など、米英支配者層にとってみればクララやキャシーみたいなもの。欧米の貧乏人だってそう。

 もちろんこの状況が変わるときが来ることを願うけれど、それまではその運命を抱え、それでも必死に、支え合って生きていく。それしかできないのかもしれない。「わたしを離さないで」。タイトルはもちろん作品に出てくるカセットテープの中の1曲から取られているが、読み終えてみると、改めてその意味が深く沁みてくる。

 

 

○あなた方の人生はもう決まっています。…いずれ臓器提供が始まります。あなた方はそのために作られた存在で、提供が使命です。…あなた方は一つの目的のためにこの世に産み出されていて、将来は決定済みです。ですから、無益な空想はもうやめなければなりません。(P127)

○やりたいことはいずれできると思ってきましたが、それは間違いで、すぐにも行動を起こさないと、機会は永遠に失われるかもしれない、ということです。(P325)

○最大の原因はわたしたちが弱すぎたこと。運動が小さすぎたことです。支援者に頼りすぎて、その気まぐれに左右されたことです。…もうだめ。臓器提供計画がほんとうはどういう仕組みで動いているかなど、世間は思い出したがりません。あなた方生徒のことも、その生徒たちが育つ環境のことも考えたがりません。つまり、また日陰に戻ってほしかったのですよ。(P404)

○「じゃ、ほんとうに何もないんだ。猶予も何も……」…「そう、トミー。そういうものはありません。あなたの人生は、決められたとおりに終わることになります。…世の中とは、ときにそうしたものです。受け入れなければね。人の考えや感情はあちらに行き、こちらに戻り、変わります。あなた方は、変化する流れの中のいまに生まれたということです」(P406)

○新しい世界が足早にやってくる。科学が発達して、効率もいい。古い病気に新しい治療法が見つかる。すばらしい。でも、無慈悲で、残酷な世界でもある。そこにこの少女がいた。目を固く閉じて、胸に古い世界をしっかり抱きかかえている。心の中では消えつつある世界だとわかっているのに、それを抱き締めて、離さないで、離さないでと懇願している。わたしはそれを見たのです。(P415)