とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

フィデル出陣☆

 「フィデル誕生」の続編となる「ポーラースター」シリーズの第4部。「フィデル誕生」の読書感想で、「第4部ではカストロゲバラが出合い、キューバ革命が進行していくのだろう」と書いたが、そうではなかった。本書の最後でようやくカストロゲバラは出合う。本書はそれまでのカストロの前史である。ゲバラと出会って以降の話は「チェ・ゲバラ伝」など多くの史伝で語られているが、それまでのカストロの活動が語られることは少ない。ゲバラと出会って以降、キューバ革命がどうして成功したかを考えるためには、それまでのカステロの活動を抜きには語ることができない。それを余すことなく記す。非常に魅力的な評伝である。

 そして読みつつ、現在の日本の政治状況を思わざるを得ない。アメリカの属国として気を使いつつ、官僚や経済界、検察・警察機構等と緊密な関係を築き、大手メディアを通じた抜け目ない情報操作等により大衆の支持を得て、長期政権を維持し、一方で蓄財に励む。これって、まさに現在の日本の政治状況ではないか。そして今、日本にはカステロはいない。

 ようやく安倍政権が終了すると思ったら、その政治運営を臆面もなく継続するという新たな総裁候補が現れ、各メディアがそれを手放しで礼賛する。さらに批判者に対して、下劣な炎上攻撃を行う。人々はますます委縮し、「長いモノには巻かれろ」と現状を追認する。カステロの時代には、キューバだけでなく、多くの国で学生たちが政治を語り、立ち上がった。今の日本にはそうした状況は微塵もない。

 あとがきに当たる巻末の「コロナ襲来」で、筆者は「コロナで得た知恵もある」と述べる。「窓を開け、密を避けよう」。しかし、それが本当に力になるのか。分散し、飛散してしまわないか。まさに「フィデルに統治されたキューバを羨ましく思う」(P537)。しかし希望は失いたくない。もとより楽園など一生生きても辿り着けないことはわかっている。

 第4部まで続いた「ポーラースター」シリーズだが、たぶんこれで一応の終わりだろう。この続きとしてキューバで起こったことはよく知られている。日本における第5部はどんな内容になるだろうか。日本のフィデル・カステロ=ルスは今、何をしているだろうか。いつの日か、そんなカステロが活躍する続きが書かれることを期待したい。

 

 

○清潔な政治を目指せば市民にも支持されます。そうなれば政権を握れます」/「概ねその通りなんだが、市民の力は物事を変える時には結集しにくい。…一方…体制派は結束が固い。彼らは既得権益を守るという一点で迷いがない。両者が争えば勝敗は明らかだ」…「世の中は変わりっこない、ということですか」/「それは短絡的だ。変わる時には体制なんて脆い。要はどちらの確信が強いかということになる。(P91)

フィデルも歴史の先端にいる水先案内人のひとりで、自分やトレドはたまたま彼の側にいたため役割の一部を担わされただけの凡人だと思った。/騒動が収束した時、凡人の名は消え去り英雄の神話だけが語り継がれていく。/そして英雄は物語を振り返らず歴史の先端を走り続けるのだ。(P267)

フィデルの活動歴を見れば、民主的手法で多数の意見をまとめるという行為が苦手で、性質は民主的というより独裁的で…こうしてみると、フィデルとバチスタの精神構造はとてもよく似ていた。…フィデルとバチスタはお互いの存在を必要とし合う、分かちがたい双子のような関係だったとも言える。(P364)

○「私は無罪を求めません。冷たい牢獄も不当な死も恐れません。信念を枉げることのみ恐れます。犯罪者や盗賊が国家元首である国では、誠実な人々の居場所は天国と牢獄しかないのです」/昂然と見上げた空に…最後の言葉を解き放つ。/「私を断罪せよ。だが歴史は私に無罪を宣告するだろう」(P493)

○コロナはとんでもない災厄だが、同時に知恵も教えてくれた。…「窓を開け、密を避けよう」ということだ。/そうすれば視界が広がり、違う世界がある、ということに気づかされる。…密室で密集し密接に圧力を掛け、情報を封鎖し声を封じる。それが体制マフィアの手口だ。…現在の日本の惨状は、独裁者が官邸経済官僚(KKK)と結託し、メディアとの共同謀議で作り上げた、腐臭を放つ老廃物の集合体だ。(P537)