とんま天狗は雲の上

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街場の日韓論

 安倍総理の突然の辞任表明。そして今は自民党総裁選の真っ只中だが、各候補者が話した日韓関係に関する方針等がマスコミに大きく取り上げることは少ない。「過去最悪の日韓関係」と「まえがき」に書かれているが、昨年のGSOMIAに至る様々な出来事は現在も何も変わっていないにも関わらず、その最悪の状態で固定されてしまったかのようだ。それ故か、本書は図書館で借りたが、私が借りていた2週間の間、次の予約は一切入らなかった。みんなもう日韓関係に対する興味を失ってしまったのだろうか。そうした状況下ではあるが、総理が変われば外交も新たな関係構築が進められる。この時期に日韓関係が内蔵する問題について確認しておくことは悪いことではないはずだ。

 いつものように本書は、内田樹の呼び掛けに応じ、寄稿した10名+1名(内田氏自身)の論文が収められている。先ごろ話題となった(?)白井聡の論文もあれば、大学での出来事を綴った劇作家・平田オリザの文章もある。興味深いのは、自衛隊統合幕僚学校長を務めた渡邊隆氏やイスラム法学者中田考氏、元内閣総理大臣の鳩山友紀夫氏、済州島をフィールドにする文化人類学者の伊地知紀子氏などの文章だ。

 中田氏の「新しい中華秩序」や鳩山氏の「東アジア共同体」はある意味、日本外交の理想形を描いており、常識的な理解の範疇だが、最も意外かつ刮目したのが、かもがわ出版編集主幹である松竹伸幸氏の「植民地支配の違法性を考える」という論考だ。

 現在の最悪の日韓関係のきっかけとなった2018年の日本企業に対する徴用工への慰謝料支払い判決について、「実は、韓国大法院判決」では「日韓請求権協定にもとづく徴用工の請求権はすでに満たされていると明確にした」(P198)と指摘しつつ、しかしそれは「徴用工の未払い賃金」についてであり、今回の判決は「日本の違法な植民地支配に対する慰謝料請求権」を認めたものだと説明している。しかも丁寧なことに、これまで植民地支配の違法性については、村山談話の首相も否定し、欧米においても違法と認めていないことまで解説している。つまり韓国大法院における徴用工判決は、世界で初めて、植民地支配の違法性を認めた判決だというのだ。何と! これはさっそく松竹氏の著作「日韓が和解する日」を読まなくては。

 多くの筆者がそれぞれの立場や知識のもとに寄稿しており、これまでほとんど知らなかった趣旨の論考に出会える点が面白い。山崎雅弘氏の「大日本帝国統治時代に日本が朝鮮でどんなことをしたのかを『知らせない努力』がされている」という批判は重要であるし、一方で、回顧録に近い緩い文章もまた楽しく読むことができる。中でも、伊地知紀子氏の済州島での交遊録は心温まる。ただし、小田嶋隆氏のエッセイはあまりに内容に乏しい。内田氏は何故にそれを諒としたのか。寄せられたものは拒まずということかもしれないが、あえてボツにするという方針も必要だったのではないか。

 未だに戦前から長く続いた「上から目線」から脱せない人々も多いようだが、今や、一人当たりGNPは韓国に追い付かれた。東アジアという地政的には均質な国家同士、対等な視点で新たな関係構築を図っていく時期に来ている。米中関係の推移によっては、安倍政権の継続とばかりは言えない状況が生まれる可能性もあるだろう。今月にも発足するであろう菅政権には、現実的かつ柔軟な日韓外交を展開されることを期待したい。

 

 

○【渡邊隆】軍隊には政治的な中立が求められ、国内外の政治的対立からは一定の距離をおくべきとされています。…軍隊が特定の政権や指導者に強く影響を受けるようでは健全な軍・軍関係は構築できません。…一般的に軍隊が敵国に悪意を持つことは、決して良いことではありません。…相手を好きになる必要はありませんが、憎む理由はないのです。敵を憎むことからは何も生まれてきません。(P100)

○【中田考】日本は今、東アジアの「自由民主主義」陣営の一員として、韓国、台湾、香港と連携し、複合的なアイデンティティを持つ多様な集団の重層的なネットワークが緩やかに統合された新しい中華秩序の中の一つのハブとなるか、文明圏と帝国の再編の時代に取り残され、友邦もなく孤立しアメリカと中国の覇権争いの草刈り場になるかの選択を迫られており、日韓関係の再構築は日本の未来の試金石だと私は考えています。(P132)

○【鳩山友紀夫】言うまでもなく、日本の平和と安全は日本自身で守るべきです。しかしだからと言って日本の防衛力を今以上に高める必要があるとは思いません。脅威は能力と意図の掛け算です。いくら相手が高い能力を有していても、日本を敵視する意図がなければ脅威ではないのです。…そのために必要なことは、相手の意図をなくす仕組みを創り出すことです。私は欧州においてEUが生まれたように、東アジアに共同体を創設することが最善の方法ではないかと信じています。(P168)

○【松竹伸幸】韓国大法院判決の重要な特徴は…日韓請求権協定にもとづく徴用工の請求権はすでに満たされていると明確にしたことにあります。…請求権協定が想定した個人の請求権はすでに満たされたけれど、請求権協定では想定されていない別の種類の個人の請求権が存在している…。それが「違法な植民地支配」と結びついた請求権という新しい考え方です。…原告らの損害賠償請求権は当時の日本政府の韓半島に対する不法な植民支配および侵略戦争の遂行と直結した…日本企業に対する慰謝料…を請求しているのである」(P198)

○【平川克美アメリカに政治的決定権を握られ続けていることに対する屈辱感を合理化するためには、どこかで日本がアメリカと同様の政治的優位性を保つことで平仄を合わせる必要があった…。これが一つ目の見えない関係です。/もう一つの見えない関係…それは、アジア占領の時代に、日本が行なった残虐行為に対して、一人一人が向き合うことをしてこないままに、うやむやにしてきたことからくる罪悪感であり、復讐に対する恐怖心です。(P264)