「街場の日韓論」に、筆者の論考が掲載されていた。そこには、「徴用工問題に関する韓国大法院の判決は、『日韓請求権協定に基づく請求権は既に満たされている』とした上で、『違法な植民地支配』に基づく請求権という新しい考え方を提示し、請求権を認めたものだ」という趣旨のことが述べられていた。えっ? 「国家に対する賠償は終わったが、個人に対する賠償は別物」ということではなかったの?
筆者によれば、どうもそうではないらしい。個人に対する賠償は国家を通じて行うのが従来の国際法に照らしても妥当なものであり、その点では日韓は1965年の請求権協定で合意し、既に支払われている。ただしこの時に、「植民地支配が違法か否か」という点では合意ができず、曖昧にしたことが今回の判決につながったとする。一方、「植民地支配の違法性」については、現在ではもちろん違法だが、過去の植民地支配まで違法とする考えは、現在の国際法上はない。だから、日本の現政権の対応はあながち間違っているわけではない。だが、現状のまま、いつまでもいがみ合っているわけにはいかないだろう。そこで、筆者は解決に向けた二つの方策を提案する。
一つは、韓国が「過去の植民地支配も違法である」という国際法を作っていく方向でがんばること。過去には、南アフリカのマンデラ大統領がアパルトヘイト廃止にあたり、国連演説などを通じて実現したこともある。また、ロシア革命の後で、ロシアが戦後処理に関し「無併合・無賠償」の布告を行い、それに影響される形で欧米列強もこれまでの外交方針等を変更せざるを得なくなった。これらに倣い、「韓国が国際法の変更に先進的な役割を果たせ」というものである。
しかし、この根本的な解決策は達成が相当に困難でもある。そこで当面の解決策として、日本が法的責任にだけこだわらず、韓国民の感情に寄り添って対応することを提案する。もっとも本書が書かれた際の安倍政権はもちろん、現在の菅政権でもこうした政治的対応は期待できないことは言うまでもない。だが「あとがき」で、「筆者は楽観的である」と書く。それは「日韓関係は、解決には時間はかかれど戦争という事態になることはないだろう」と見ているからだ。実際、この問題がそう簡単に片付くわけもない。だが、問題の真の意味を確認しておくことは意義がある。この点で、筆者の冷静な姿勢と提案は高く評価したい。
○請求権協定にもとづいて支払われてきたのは未払い賃金なのであって、その意味での個人請求権は事実上消滅しているが、違法な植民地支配に関わる賠償請求権は残っているというのである。…現在問題になっている裁判では、「強制連行」だったかどうかは焦点になっていない。…大法院が賠償を認めたのは、「非常につらい…労働実態が…「違法な植民地支配と直結」して生み出されたという判断がされたからである。…要するに、大法院判決が日本企業に求める賠償の根拠は、すべて「植民地支配の違法性」にあるということだ。(P27)
○植民地支配が違法だったかもしれないなどという議論に応じ…外交交渉を開始することには…「この交渉が決着するまで、日本企業の資産没収を留保してほしい」と主張できる…実利がある。…あるいは…「やはり当時から無効だった」と合意することになったとしても、日本側には意義がある。…違法だったのだ」と日本が認めてしまえば、過去に支払った三億ドルは賠償金としての性格を持つことになり、徴用工は日本企業に賠償を求める根拠を失うのである。(P80)
○筆者は韓国に提案したい。それは…韓国は世界を相手にした闘いに乗り出すべきだということである。…かつての宗主国で、植民地支配の違法性を認めた国は、これまで一つも存在していない。…植民地支配に関する国際法を変えるとしたら、…欧米列強がかつての自国の支配は犯罪だと認めない限り、そのような変革は成し遂げられない。…文在寅が韓国のマンデラになれるなら、植民地に関する国際法を変革する可能性が生まれるのではないだろう。
○ロシアが宣言し、実行したことが、アメリカを動かし、ヨーロッパにも影響を与えたのである。/なぜそういうことができたかと言えば、究極的には、帝国主義列強の政府が、政権を維持していくことの正統性が失われることに恐怖したからである。…1960年に…植民地支配は違法化されたのに、かつての支配は合法だったと考えている…。/ここを打ち破ろうとすれば必要なことは明らかである。かつての支配を違法だったと認めないような政府があれば、その国における現在の政権が維持できないほどの状況を作り出すしかない。(P136)
○第一次大戦をきっかけにして…賠償はその被害者のためのものだという考えが生まれてきた。/けれども…賠償を受け取るのは国家であって、それをどう配分するかも国家次第というやり方が続いた。それを国際法は許容した。日本は、その伝統的な国際法に忠実に従って、戦後の賠償をしてきたのである。・ところがそこに、分断国家になったため、賠償を果たせないドイツがあらわれた。…そこで被害者個々人に補償するという…新しい方式が生まれたのである。(P152)