とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

蹴日本紀行☆

 宇都宮徹壱と言えば、昨年発行された「フットボール風土記」でも、地方のサッカークラブを訪ね、それぞれの取組や現状などを紹介している。本書では、「47都道府県 フットボールのある風景」という副題のとおり、宇都宮徹壱が47都道府県を巡って、それぞれのサッカー事情と、加えて観光案内などを記した本であり、写真集である。

 47都道府県の中には、Jクラブのない県が7県。全国リーグ(JFL)を戦うクラブもない県も2県あるそうだ。和歌山県福井県。だが、これらの県も含めて、すべての都道府県が見開き4~6ページの中に収められている。そして各都道府県におけるサッカークラブの盛衰や県民性などがしっかり書き込まれている。冒頭には各都道府県の「総面積」「総人口」「都道府県庁所在地」「隣接する都道府県」「主なサッカークラブ」「主な出身サッカー選手」のデータも添えられている。サッカー選手名には、意外な出身地を発見したりして楽しい。

 で、サッカーに関係なくて恐縮だが、これらのデータの中で私が最も興味を持ったのは「総人口」。私が住む愛知県は総人口約754万人だが、東京都や神奈川県などいわゆる大都市と、宮城県や福岡県など地方の中心県を除いて、多くの都道府県の人口は概ね100万人前後だ。もちろん約55万人の鳥取県から約198万人の岐阜県まで、ばらつきはあるが、200万人以下の県が31県。150万人以下の県が23県とほぼ半数を占める。

 この状況を踏まえて47都道府県のサッカー事情を思うと、よくこれらの地方でサッカークラブが成立しているなあと思う。そこには、それらのサッカークラブを支える関係者やサポーターと彼らのサッカー愛がある。それだけの魅力がサッカーにはあるということに改めて感じ入る。サッカーはJリーグだけではない。もちろん代表だけではない。日本のどこにもサッカー愛が溢れ、散りばめられている。宇都宮氏はそれらを丹念に掘り起こし、紹介する仕事を重ねている。そのことに改めて敬意を感じずにはいられない。これからも魅力ある地方クラブの現状を知りたいし、またその活躍を楽しみにしたい。

 

 

○多様性と土着性に育まれ、文化面では多彩な人材を輩出してきた青森県。けれども当地のフットボールクラブが、独自のアイデンティティを確立しているかといえば、今しばらくの熟成期間が必要だろう。ラインメールにしてもヴァンラーレにしても、地元のお祭りのビジュアルを重用することは否定しないが、それらを上回る独自の存在感を示してほしいところだ。(P15)

○公共交通機関というものは、地方に行けば行くほど不便なもの。そしてスタジアムの所在地もまた、地方に行けば行くほど不便な場所にある。まさに、不便の2乗。それでもサポーターはクラブ愛ゆえに、そうした艱難辛苦を乗り越えて「敵地」を目指す。…不便さというのは、忙しい人ほど「時間のロス」とか「効率的でない」と切り捨てたがる傾向にある。…私の場合…駅やバス停での待ち時間、あるいは車中での移動時間は、その土地の空気感を摂取する貴重な機会でもある。(P40)

ファジアーノは、決して県民に望まれて生まれたクラブではない。たまたま国体に向けてRFKを改組・強化し、たまたま国体開催のためのスタジアムがあり、たまたま2年連続で昇格することでJクラブとなった。こうした急激な状況の変化に対し、ファンの意識がキャッチアップするのに、それなりの時間を要することとなったのも当然の話である。ホームゲームの平均入場者数が1万人に達したのは、ファジアーノがJクラブとなって8シーズン目、2016年のことであった。(P172)

○広島湾に浮かぶ似島…この人口800人弱の小さな島こそ、広島のサッカーを語る上で不可欠な土地である。実は第1次世界大戦当時、この島にはドイツ兵の捕虜収容所があった。/収容所では、ドイツ人捕虜によるサッカーチームが結成され、1919年には市内で広島高等師範学校の学生チームと対戦。結果は広島高師の惨敗であったが、この時のドイツ兵の技術に魅了された学生たちが、小舟でたびたび似島を訪れてはヨーロッパ仕込みのテクニックや戦術を学んだ。(P180)

○クラブの源流をたどると、1965年に創設された「門川クラブ」という少年団に行き着く。実はテゲバのスタッフや選手の中にも、門川町の出身者が少なくない。…門川町は、漁業と水産加工業が盛んな人口2万人足らずの小さな港町。そこで活動していた少年団が、半世紀の歴史を刻みながらJリーグに到達する。実にロマンのある話ではないか。(P229)