とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

地方に生きる☆

 斎藤幸平の「ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた」で小松理虔を知った。斎藤幸平は先日放送された「知恵泉」でも小松理虔の「共事者」という言葉を紹介していた。小松には「新復興論」という著作もあるけれど、私が興味のあるのは、戦災復興よりは地方論なので、まずは本書から読み始めた。ちなみにこれも、ちくまプリマ―新書。青少年向けの本だが、けっしてそれに収まる内容ではない。

 何よりわかりやすいのは、小松自身がこれまでの生い立ちや経歴を具体的に語っていることだ。法政大学に進み、しかし就職活動はほとんどせず、何とか秋季採用で福島テレビに就職し、報道記者としての3年間を過ごした。その後、上海に渡って日本語教師、さらに情報誌の編集者となって、そして東日本大震災の直前に生まれ故郷のいわき市小名浜に戻ってくる。

 小名浜では木材商社に就職する傍ら、余暇時間にウェブマガジンを制作したり、オルタナティブスペースを運営したり、さまざまなイベントを企画・実施した。これらの活動にはこれまでの経験が生きていたのだろう。その間、会社員としての名刺とは違う「二枚目の名刺」を使用し、地域での人脈やネットワークを築いていった。

 そして、オルタナティブスペースを予定した建物の賃貸借契約の前日、小名浜東日本大震災が襲う。その後、何とかオルタナティブスペース「UDOKU.」は別の場所でオープンするのだが、その後の活動はまたさらに多様に広がっていく。本書では、「食」を中心にその後の活動が紹介されるが、それらを通じての「地方論」がやはり興味深い。

 第4章「ローカル『クソ』話」では、地方の所得が低いこと、風通しの悪いこと、同質性など、地方のマイナス面も語る。そこで第5章以降では、震災後に考えた地方における復興と活性化に向けた意識や考えを綴る。けっして無理はしない。自分の「したい」ことを大事にし、リスク(エラー)を恐れない。そして内向きにならず、常に外を意識し、外からの引き込みと外への越境に回路を開いておくこと。そのためにも、当事者だけでなく「共事者」が重要だと語る。

 けっして誰でも真似ができるわけではなく、小松のような行動力がなければ難しいかもしれない。が、人それぞれ、生き方はある。都市だろうが、地方だろうが、実は関係ない。生きている土地で、その土地を喜び、楽しんで生きる。それが真の地方活性につながるのかもしれない。小松理虔は小名浜で、心からこれらの活動を楽しんでいるようだ。

 

 

○田舎に帰る。地方に移住する。それによって自分の好きなことができなくなるかもしれないと思う人も多いでしょう。けれど、それを仕事にしなければいい。趣味でいい。副業でもいい。むしろ…本業にしないことで生まれるサステナビリティや出会いもあります。好きなこと、興味のあることを、地域社会に対してアウトプットしてみてください。そこに新たな出会いが生まれ、自分の未来が切り拓かれていきます。(P71)

○田舎の人たちの距離感は、田舎ならではの「温かさ」とか「距離の近さ」として語られることもありますが、「同調圧力」のようなものと表裏一体、紙一重でもあります。/紙一重ということは、ふたつに分けることができないということを意味しています。つまり、「面白いかクソか」という二項対立ではなく、その両方を内包しているということです。片側だけ都合よく切り離すことができないのだから、その両方を引き受けるしかない。(P156)

○深刻な課題ほど議論は二分化され、…分断されていくように感じます。…そんな時代だからこそ、ぼくは、当事者性や専門性に左右されない「ゆるい関わり」…当事者性の濃さや専門性の高さに囚われることなく…個人の興味や関心を通じて課題と関わる回路が必要だと。ぼくは、そんな関わりを「共事/共事者」と呼んでいます。自分は当事者とは言えないけれど、事を共にしてはいる。関心はある。気になって見ている。…そんな人たちをイメージしています。(P181)

○素人の特権。それは「小さく」楽しめることです。…「大きなひとつ」に依存するのではなく「小さな集まり」が散らばった社会のほうが圧倒的に多様で、そして豊かだと思います。…大きなひとつに依存する社会は…福島第一原発事故で吹き飛んだと考えています。…徹底して楽しむこと。そして小さく展開すること。それが文化を作るんです。(P190)

○ローカルでは常に…安定を目指し、効率を目指し、…「阿吽の呼吸」のようなものが求められていきます。けれど、内向きのローカルは、ソトモノを排除し、批評を難しくしてしまう。…だからこそ…ローカルがローカルであるために、外部を、外を意識し、多様さを引き込んだり、外側に越境する回路を開き続けなければならないのではないでしょうか。…ローカルであるためには、ローカルの外を作り続けなければいけないということです。(P225)