とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

外来種は悪じゃない☆

 これまで何冊か、外来種駆除を批判する本を読んできた。「外来種は本当に悪者か?」「池の水ぜんぶ”は”抜くな!」など。本書もその類の本多が、これが一番わかりやすいのではないかな。

 第1章、第2章で、ミシシッピアカミミガメアメリカザリガニブラックバスブルーギルウシガエルなどが日本に移入された経緯と現状などについて、筆者の経験も交えて、イラスト入りでわかりやすく記述されている。そして第3章、第4章では、シートンやソロー、レイチェル・カーソンなどの著作や、ディープ・エコロジーランドスケープエコロジーなどの思想を紹介しつつ、手つかずの自然などないこと、そして外来種もあって安定している自然もあることなどを説明していく。

 ではどうすればいいのか。第5章、第6章では、秋田県で絶滅したクニマス国内外来種として静岡県の西湖に持ち込まれ、生き残っていた事例などを挙げ、今ある自然をベースに、駆除すべきものは駆除しつつも、外来種も一緒に生きる新しい自然の守り方、生態系の捉え方を提唱する。

 終盤は、自然好きな人らしく、自然の見守り方、楽しみ方といった話になって、少しついていけないかなとは思ったが、「外来種駆除で正しいの?」と疑問に思ってきた私には大いに勇気づけられる本だった。外来種だって、在来種だって、生まれてきたからにはその環境の中で精一杯生きている。まずはそれを尊重しよう。彼らにはけっして罪はないのだから。

 

 

○人間の国境とは違い、生き物の分布域は流動的なものだ。…気候が変わったり、地形が変わったり、その生き物固有の事情(餌の減少や天敵の増加など)があれば、分布は限界まで狭まり、極端には絶滅することもある。それでも少し離れたところに同じ種が分布していれば、その空白を見つけて移住し、分布が戻ることも、もちろんある。生き物は、自然の状態でも分布を広げたり、狭めたりしながら生きてきた。(P63)

外来生物が増えるとすぐに大騒ぎになるのだが…往々にして、マスコミの報道で急に注目を集めるようになっただけとか、人間が自然を改変してしまったとき、外来生物だけがタイミングよく生き残っただけだとか、いろいろな面から冷静に判断する必要がある。…生き物は、在来種だろうが外来種だろうが、チャンスがあれば新しい環境の中で仲間を殖やしていこうとする。そして…恵まれれば、どんどん殖える。そうでなければ、いつのまにか姿を消してしまう。生き物とはそういう存在で、在来種も外来種も関係ない。(P71)

○生態系とは…自然を、生き物だけではなく、物質やエネルギーまで含めた循環としてとらえようとしている。…生態系は、その内部で、生物はエネルギーや無機物を利用しながら、相互に関係しあって存在する。だから少しずつ変化することはあるけれど「壊れたり」、「なくなったり」はしない。ましてや常に同じ状態であるということもない。だから「理想の生態系」や「本来の生態系」は幻想である。(P77)

○すでに定着している外来種については、どこかで折り合いをつける必要がある。そこの自然に急激に影響を与えないのであればようすを見ながら放っておけばよい。もちろん必要があれば駆除する。そして自然管理の目標は、日本全国が同じでなくてもよい。…持ち出さない、持ち出したら終生飼育する、他の場所に放さないというルールをきちんと守れば、場所ごとに多様な自然を認める管理法があってもよいと思う。(P126)

○自然管理の問題は、外来種が自然の中心でのさばり、そのため弱い在来種が姿を消してしまうというような単純な話ではない。在来種ですら、人間が改変した自然の中で大発生し、その結果「悪いこと」をする場合もある。在来種が定着しにくい環境に外来種が多いことも事実だ。しかし同様に外来種すべてが、いわゆる「侵略的」というわけではない。…調和的で役に立つ外来種も存在する。…そもそも生態系が秩序や一定のゴールがない動的な存在だとしたら、自然を「乱す」という概念も成立しない。(P154)