とんま天狗は雲の上

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サッカー戦術クロニクル

 副題に「トータルフットボールとは何か?」 そのタイトルとおり、1974年のオランダに始まり、現在のバルセロナアーセナル、A.S.ローマ、マンチェスター・ユナイテッドミランに至るまでの戦術的な流れを解説していく。
 現在として挙げた5チームは第9章「ハードワークの現在」で紹介されるチームだが、そこに至るまでにサッキのACミラン、”バグンサ・オルガニザータ”と呼ばれた80年代のブラジル、クライフのバルセロナ、アルゼンチン、ジダンアヤックスの時代、90年代の”ギャラクティコ”リアル・マドリード、さらにモウリーニョチェルシーと、その時代を代表する戦術とフォーメーションが解説されている。
 これらにいずれもトータルフットボールとは呼ばれなかったし、アルゼンチンやギャラクティコなど敢えて古いタイプのフットボールをめざしたとも言えるチームもあるが、いずれもトータルフットボールとの対比や対抗があり、その延長線上でさまざまなバリエーションが生まれ、選手自身も進化し、現代のサッカーに至っている。これらを鮮やかに解説しており、わかりやすく面白い。
 最後の第10章「トータルフットボールの起源」では、逆に74年のオランダから前に遡っていく。ミケルスは30年代オーストリアのヴンダーチーム、50年代ハンガリーマジック・マジャールをオランダよりも先にトータルフットボールを始めたチームとして挙げた。これらのチームにパスサッカーと戦術を持ち込んだ男、スコットランド人のジミー・ホーガンこそがトータルフットボールの起源であり始祖であったと言う。1912年の出来事である。
 そこから数えるならば、トータルフットボールは生まれてもうすぐ100年を迎えることになる。それはサッカー戦術の進化の歴史でもある。その意味でトータルフットボールをテーマにサッカー戦術を追求する本書のタイトル「サッカー戦術クロニクル」は正鵠を得ていると言える。

サッカー戦術クロニクル

サッカー戦術クロニクル

●トータルフットボールとはサッカーの良心である。・・・長期にわたってただの1敗もしなかったチームなどない。トータルフットボールを実現しても同じことである。けれども、それはより良くサッカーの世界を生きようとした証だ。(P10)
●82年の”バグンサ・オルガニザータ”は、国旗に記されている「秩序と進歩」よりも、ずっとブラジル社会と人々の気質を反映したものだったといえそうだ。・・・ピッチ上に予め決められた動きや組織がなくても、黄金の4人を中心としたブラジルの攻撃は流れるようにスムーズで、洗練の極みに達していたのだ。規則がなくて自由で、つまり「戦術がない」状態でありながら、現実のプレーは非常にコレクティブで秩序立っていた。バグンサでありながらオルガニザータは存在していた。(P86)
●戦術的な流れの先端は、ミランのプレッシングを受け継ぎながらディフェンスラインを下げたチェルシーであり、ギャラクティコの後に現れたバルセロナだった。この2チームは似ていない兄弟だ。74年のオランダは、80年代にミランバルセロナに枝分かれしたが、チェルシーミランの延長線上にあり、バルセロナはクライフの敷いた路線を多少の脱線がありながらも踏襲してきた。(P204)