とんま天狗は雲の上

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緊急事態宣言の「宣言効果」は、緊急事態宣言の「発令目的」の一部に過ぎない

 首都圏の緊急事態宣言が解除された。解除後の感染再拡大に備え、次の抑止策のための新たな基準を検討なんてニュースが流れていたが、「何を今さら」という感じ。そもそも「緊急事態宣言は解除してよかったのか」という疑問に対して明確な議論もないまま、時間だけが過ぎていく。緊急事態宣言解除を決定する前の先週には色々な報道が流れたが、その中で、政府高官から「効果がなくなってきた。コロナ疲れを考慮し、締め付けを強めるような対策は『もういいだろう』」という発言があり、すごく違和感を感じた。

 緊急事態宣言はそもそも、感染拡大防止に対する国民の意識を高めるためのものだったのか。マスクの着用や多人数での飲食店での会話などを極力抑止し、感染拡大を抑える。そのために国民の協力を呼び掛ける。確かにそれも緊急事態宣言発令の一つの目的ではあろう。だが、緊急事態宣言の目的はそれだけではない。

 そもそも緊急事態宣言発令の根拠となる新型インフルエンザ等対策特措法では、緊急事態宣言が発令されてから解除されるまでの間、国や地方公共団体等は「緊急事態措置を実施する」とされており、医療等の提供や予防接種、物資等の供給、さらに学校等の施設の使用制限の要請などが規定されている。特措法第45条では、不要不急の外出自粛要請の規定もあるが、先日までの緊急事態宣言では、法に基づく外出自粛要請までは出ていなかったのではないか。あくまで緊急事態宣言に伴い、国民一人ひとりができる感染対策についての情報提供が行われただけだった。しかし、国民性の故か、自粛警察が登場するほどに協力要請は効果を挙げ、しかし宣言が長引くにつれ、次第に効果も薄れてきた。確かに「効果はなくなってきた」かもしれないが、そもそも国民の協力「効果」を狙って発出された宣言ではなかったはず。

 しかも宣言の解除は「緊急措置を実施する必要がなくなったときに…解除宣言をする」とされている。今回の宣言解除で、どの緊急事態措置の実施を取りやめたのか。たぶん飲食店の時短要請だろうが、それ以外の緊急事態措置、例えば、医療等の提供などは、宣言解除前と変わらず続けられているはず。だとすれば、なぜ現時点で「宣言解除できるのか」という疑問はもっと正しく説明があってしかるべきだ。本来であれば、医療提供等の緊急事態措置が継続されているのであれば、緊急事態宣言の解除は行わず、飲食店への時短要請のみを中止する、というのが正しい対策ではなかったか。

 今回「緊急事態宣言」という言葉が一躍有名になったが、国の法律に基づく緊急事態宣言とは別に、各都道府県で独自の緊急事態宣言が発令された。紛らわしいからか、愛知県では国の緊急事態宣言が解除された後、名称を改め、県独自の「厳重警戒宣言」を発令していたが、いずれにせよ、法律に基づくものではない。同様に、愛知県独自で発令している緊急事態宣言に類するものとして、「食中毒警報」や「交通死亡事故多発警報」、「熱中症警戒アラート」などがある。当然いずれも具体的な対策、例えば保健所や警察官によるパトロール強化などの対策も講じられるが、併せて、県民に対して注意を呼びかけ、必要な対策等を取るよう促すことも目的としている。そして、危険な状態が続く限りは、県民の意識が低下したという理由で「警報を解除する」などということは考えられない。

 新型コロナは変異株の発生で、今後、さらなる感染拡大も心配される。少なくとも、マスクの着用や三密状態を避けることなどは今後も継続していくべきだろう。であれば、たとえ国民に「コロナ疲れ」が見えようが、緊急事態宣言は継続するべきだった。それとも、もうマスク着用は不要なのか。花見宴会で騒いでもいいのか。麻生副総理は「マスクはいつまで?」と発言して一刻も早くマスクを外したいようだし、自民党も会食制限解除の通達を出したそうだが、本当に大丈夫か。

 実は、田中宇「永遠のコロナ」他で書いているように、新型コロナウイルス感染拡大なんてものは所詮、米中逆転と多極化を画策する国際資本家の仕組んだ「ニセ現実」なのか。それがわかっているからこそ、「もう効果はなくなった」といった理屈にもならない理由で、緊急事態宣言の解除をしたのだろうか。自民党もそれがわかっているからこその麻生副総理の談話や二階幹事長の指示なのか。感染が多少落ち着いてきたとは言え、再拡大が懸念される状況下で、理由も明確にされないまま緊急事態宣言が解除されたという背景には、いったい何があるのかと、ついつい要らぬことを考えてしまう。不可解な緊急事態宣言の解除だ。