とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

優しい語り手

 2018年ノーベル文学賞を受賞したオルガ・トルカチュクの受賞講演「優しい語り手」と、2013年に来日した際に行われた講演「『中欧』の幻想は文学に映し出される」を収録したものである。「優しい語り手」では、高度情報化や文学のジャンル化などにより分断が進む中、改めて文学が持つ「優しさ」と期待や信頼を表明する。また「『中欧』の幻想は文学に映し出される」では、カフカクンデラなど、中欧の作家を引用しつつ、西洋と比較しての役割や期待を述べる。

 自らを周縁の文学と自認するからこそ語られるそれらの言葉は、筆者自身の「優しさ」と相まって、じんわりと心に沁みてくる。本書の内容については、訳者あとがきの小椋彩氏がわかりやすく要約し、紹介しているので、それ以上の言葉はない。今後もオルガ・トルカチュクに注目していこうと思わせる講演録だ。既に出版されている「ヤクブの書」についても早く邦訳を読みたいと思う。期待している。

 

 

○あなたがまだ生まれていないから寂しかったの。おなたを恋しがっていたのよ。/「まだわたしは生まれていないのに、どうして、わたしが恋しいの…。恋しいって、いなくなってから思うものだもの」/「でも、逆もあるのよ」母は答えました。「もしもだれかを恋しく思うなら、そのだれかは、もういるのよ」…こうして、宗教に無関心な若い女性だったわたしの母は、わたしに、かつて魂と名づけられたものを与えてくれました。(P4)

○出来事は事実です。でも経験は、説明しがたいべつのなにかなのです。それはもはや出来事ではなく、わたしたちの生をつくる材料です。経験は解釈され、記憶された事実です。それは、わたしたちの頭のなかにある基礎、それに基づきわたしたちが固有の生を展開し、詳細に検討する、意味の深層構造にも働きかけるものです。わたしは、そういう構造の役割を神話が果たすと信じています。(P19)

○世界は死にかけているのに、わたしたちはそれに気づきさえしません。わたしたちは見逃しています。世界が事物と出来事の集積になりつつあることを。生命のない空間になりつつあることを。…わたしたちの精神性は消えつつあるか、うわべだけ、または儀礼的なものになりつつあります。(P29)

○優しさは、私たちの間にある結びつきや類似点、同一性に気づかせてくれます。それは世界を命ある、生きている、結びあい、協働する、互いに頼りあうものとして示す、そういうものの見方です。/文学は自分以外の存在への、まさに優しさの上に建てられています。…だからわたしは、語らなければならないと信じています。(P42)

○現代資本主義世界-そのなかで人間は…機械の歯車、客体、そして自由・空間・時間を略奪する怪物並みの大きさに拡大したグローバル機構の犠牲になりつつあります…社会体制としての20世紀の全体主義と21世紀のネオリベラル的資本主義は、個人主義の発展におけるある病的段階の外部への投影にすぎず、個性を無化し、万物を包む体制の翼の下に個人を捕獲しようとする、集団的で神経症的な試みである、と診断できます。(P69)

○わたしたちがメディアで目にする、いわゆる事実とは何でしょうか? わたしたちは、いつもながら自信満々で傲慢な学者たちが…現実へのわたしたちのささやかで家庭的な愛着を台無しにし、彼らが互いを否定し合ったり、…さまざまな歴史を折衷したりするところを見ているうちに、事実に対してすぐに免疫性を獲得しています。…現実はわたしたちを絶えず騙し、…統計データから捏ね上げられた虚構の凝塊にほかならないと。(P89)