とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

一神教と帝国

 タイトルの「一神教」はイスラーム、「帝国」はムガール帝国、ということになるのだろうか。内田樹中田考、そして山本直輝氏の3氏による鼎談だが、山本直輝氏はトルコの大学で教鞭を取る研究者。トルコを中心に、イスラームの思想と世界戦略を語り合う。

 日本のアニメがイスラーム圏で人気なのは、師弟関係や修行を続ける中で主人公が成長してストーリーだからだと言う。そして、そこからイスラームと日本の同質性を考えていく。最後の第6章は「日本再生のために今からできること」というタイトルだが、現在の日本の政策では、再生は覚束ない。西欧的な合理的思想とは手を切って、共感と慈愛をベースとしてイスラームや東洋的思想に基づいた国家運営に転換すべし。

 とは言っても、当面、そんなことは無理だろう。そうして日本は没落をしていく。「あの時、この提言に従っていれば・・・」と思う時がいつか来るのだろうか? 世界に真の平和をもたらすのは、こうした「帝国の思想」なのかもしれない。

 

 

○【山本】ビザンツの後継国家なので、いわばイスラーム化したローマ帝国と言えるかも。そこにはギリシャ系を中心に…さまざまな民族のルーツを持つ人たちがたくさんいたわけなんです。…だから今のトルコは表層的な純化をめざすのではなく、学問や文化を通じて、さまざまな地域の人々と連携していくことが一番望ましいんじゃないかと思います。で、実際そういう方向に進みつつあります。(P42)

○【山本】少年マンガには…師匠と弟子が互いに支え合って精神の完成に近づいていくというシーンがたくさんあります。/マンガ好きの教え子や若いムスリムたちは、ヨーロッパのコンテンツは、いわゆる「ポリコレ」的メッセージを強く感じるから嫌だと言います。でも日本のマンガは…人間理解を深めようというメッセージを感じると言うんですね。メッセージとは要求ではなく、倫理は何か、道徳は何かという問いを与えてくれるところがいいんだそうですよ。(P83)

○【中田】自分とは何かと考えるときに、現代の認知科学では意識として捉え…意識は脳の中にあると考える。イスラームでは…自分という存在は世界全体であると考える。…古典を読んでいる人間は古典によってつくられる。それが記憶の中に深く入り込んで、自分の世界を構築している…世界が自分なのであって、それと切り離した自分があるというのはもともと間違いであるということです。そのことに気づくことこそが自己実現でもある(P124)

○【山本】彼らの中では、ムガール帝国イギリス領はありうる未来でもある…それは紹介した…イギリスのイスラーム学者のように、イギリスの国民国家の枠組の中ではなくて、もっと大きな世界観の中で動ける人…。ムスリムたちが我々日本人と全然違うのは、そこですよね。…自分の身体を動かせる範囲が日本人とは全然違うわけです。…だから、自分はまだ帝国に生きているという感覚を持っている人間の行動力をなめちゃいけないと思う。(P189)

○【中田】日本がもともと自律的な国々を緩やかに束ねる帝国であったと考えることが、民主主義や平等の名に隠れて地方の豊かな文化を消滅させてきた中央集権化の弊害への気づき、「帝国」内のそれぞれの「国」が培ってきた固有の歴史の豊かな多様性の再生、上からの押し付けではなく下からの希求に基づいて「帝国」を統合する「教養」教育の再発見、再創造の契機となることです。(P236)