とんま天狗は雲の上

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中流崩壊

 格差拡大が言われる中で、「総中流社会」という言葉が使われることは少なくなった。それでも2015年の衆議院本会議で当時の安倍首相は「国民の中流意識は根強く続いている」と言ったそうだから、今でも「自分は中流」と思っている国民は多いのだろう。しかし、そもそも「国民生活に関する世論調査」などの調査自体が回答者の意識を誘導している。アメリカでもイギリスでも、同種の質問に対して9割近い人々が「自分は中流」と答えたそうだ。こうした「つくられた『総中流』論」により、実際は1980年代から格差の拡大は始まっていたにもかかわらず、格差は放置され続けた。その結果が今の格差社会の状況である。

 筆者はここで、近代社会における4つの階級について説明する。「資本家階級」「新中間階級」「労働者階級」、そして「旧中間階級」である。第3章では「総中流」から「格差社会」に至る経緯について歴史的に俯瞰し、第4章・第5章では各種の統計調査により「新・旧中間階級」の実態を披露する。

 さて、「中流崩壊」というタイトルが付いているが、本当に中流は崩壊したのか、崩壊しつつあるのか。本書で説明するのは「総中流」という幻想が崩壊したことであって、「中流」すなわち「中間階級」自体が崩壊したとは必ずしも言っていない。P86に掲げられた「現代日本の階級構成」というグラフを見る限り、確かに「旧中間階級」は減少し、代わりに「労働者階級」が増加しているが、この間、「新中間階級」は増加しており、「資本家階級」は減少した。労働者階級の増加は格差拡大を物語っているかもしれないが、産業構造の変化による影響が大きいようにも思われる。

 第5章では、「中流」の政治意識は「中流右翼」「中流保守」「中流リベラル」の3つに分けられ、このうちの「中流保守」と「中流リベラル」が連携することで「『新しい“総中流”社会』の実現を目指そう」と言う。方向性について反対はしないが、唐突な政治性をもった主張のように感じる。途中まで、かなり期待をもって読み進めたのだが、最後は「期待倒れ」だったという感じ。もちろんコロナ禍でさらに格差が拡大している状況下で、今以上に格差是正に努める必要があることは間違いないのだが。「現状を明らかにする」ことと、それに対して適切な「方策を提案する」ことは別の仕事だ。前者の視点でみれば十分に意味のある内容だとは思うのだが。

 

中流崩壊 (朝日新書)

中流崩壊 (朝日新書)

  • 作者:橋本 健二
  • 発売日: 2020/07/13
  • メディア: 新書
 

 

○1970年代…『国民生活白書』が日本を豊かで平等な国だと断じ…たこの時期は、「格差」という観点からみると戦後日本の曲がり角にあたっていた。…ジニ係数は高度経済成長期に低下し…1980年に底に達し、以降は急速に上昇していく。…これに対して…「格差社会」が流行語となって格差拡大の事実が広く知られるようになるのは2000年代半ばのことだから、格差拡大が始まってから20年から30年後ということになる。これほど長い間、格差拡大は話題になることもなく放置されていたのである。(P57)

○資本主義経済の世界には、三つの階級が位置している。支配的な階級である資本家階級、従属階級である労働者階級、中間に位置する新中間階級である。そして資本主義の世界から一歩離れた単純商品生産の世界には、旧中間階級が位置している。これら…が、現代社会の主要な四つの階級である。…旧中間階級は…資本家階級と労働者階級の性質を併せもちながら、独立自営で商品生産を行っているという意味で、中間階級である。(P85)

○21世紀に入ったころには…人々は、自分の生活程度が社会全体のなかでどのような位置にあるのかを、かなり正確に自覚するようになった。…このように格差に関する人々の認識や意識が大きく変わった以上、格差の現実をそのままにして、人々に「自分は中流だ」と信じさせることは不可能である。/多くの人々にとって、「中流」は望ましいものであり、「自分は中流だ」と信じることのできる社会は望ましい社会だろう。しかし格差の現実を変えることなくして…これを実現することは不可能である。(P256)

○すべての人を中間階級にすることはできない。しかし、すべての人に「中流」の生活水準を保障することはできる。…賃金格差を解消…所得再分配社会保障(P262)