とんま天狗は雲の上

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言語の本質☆

 言語とは何か。本書の中ほどで、言語学において論じられている「言語の原則」として、コミュニケーション機能、意味性、超越性、継承性、習得可能性、生産性、経済性、離散性、恣意性、二重性という10のキーワードが紹介される。

 筆者の今井むつみ氏は発達心理学の立場から言語の発生・発達について研究をしてきた。一方、秋田喜美氏はオノマトペを研究する言語学者である。この二人が交流する中で、オノマトペの研究から始まって、子どもの言語習得の過程を研究し、実験を重ね、言語はいかに発生し、発展し、現在の巨大なシステムになっていったのかを考察する。

 オノマトペは日本語には多いが、英語などには少なく、言語的ではないとも言われてきたが、十分、言語としての特徴を備えているし、子どもの言語習得の最初のきっかけでもあり、そしてそもそも英語の動詞がオノマトペ的であることを指摘する下りは興味深い。そして、チンパンジーとの比較実験から、人間が生まれながらに備えているアブダクション推論能力が言語体系の発生・発展を導いていったのではないかという仮説にたどり着く。

 言語学というと、ソシュールなどの哲学的な論考や、日本語のなりたちといった知識集積的な内容の学問というイメージがあったが、今井氏が中心的に関わることで、言語発生・発達の謎に深く切り込んでいく。英語や日本語だけでなく、さまざまな国の言語も考察の対象として取り上げられている点も何となくうれしい。改めて、言語とは実に壮大でシステマティックで、かつ謎に溢れたモノだと実感した。実に興味深い。

 

 

○発生当初から言語はこのように、抽象的で複雑で巨大なシステムだったとは考えにくい。子どもも当初から巨大なシステムを持っているはずがない。…言語の進化においても、今を生きる子供の言語の習得においても、オノマトペは、言語が身体から発しながら身体を離れた抽象的な記号の体系へと進化・成長するつなぎの役割を果たすのではないか。(P90)

○ヘレンは、waterという綴りが名前だということに気づいたとき、すべてのモノには名前があるのだという閃きを得た。この閃きこそが「名づけの洞察」だ。/名づけの洞察は、言語習得の大事な第一歩である。人…その気づきが…急速な語彙の成長、「語彙爆発」と呼ばれる現象につながるのだ。語彙が増えると子どもは語彙に潜むさまざまなパターンに気づく。その気づきがさらに新しい単語の意味の推論を助け、語彙を成長させていく原動力となるのである。(P107)

○もともと…バラバラだったジェスチャーが、あとの世代になると…集団のメンバーが同じジェスチャーを使うようになっていった。同時に「線形連結的」にもなっていった。…観察した出来事や対象をそのまま写し取ったような表現(種ジェスチャー)から始まったものが、集団の中でのコミュニケーションを経由し、次世代に伝承されていくと、デジタル化され、体系化されていく。それが人間の言語の特徴と言えるだろう。(P154)

○実は、動作の様態を表す英語の動詞と日本語のオノマトペの音には共通性があることが指摘されている。たとえば、回転を表す「コロコロ」とrollは、ともに「ロ」という音を含んでいる。「ぺちゃくちゃ」とchatterの「チャ」も同種の音である。…英語の場合、動作の様態が動詞の中に入ってしまっているので、そのアイコン性に気づきにくく、オノマトペとも捉えられないのだ。(P161)

○人間はあることを知ると、その知識を過剰に一般化する。ことばを覚えると、ごく自然に換喩・隠喩を駆使して、意味を拡張する。ある現象を観察すると、そこからパターンを抽出し、未来を予測する。それだけでなく、すでに起こったことに遡及し、因果の説明を求める。これらはみなアブダクション推論である。…他方、ヒト以外の動物種はアブダクション推論をほとんどしない。…この推論こそが言語の習得を可能にし、科学の発展を可能にしなtのである。(P245)