とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

新しい戦前

 「新しい戦前」というのは2022年末に、タモリが「徹子の部屋」で述べた言葉だけど、「言い得て妙」というか、今の状況をうまく表現した言葉だと思う。そしてさっそく、本書でタイトルとして使用された。これって、タモリの了承は得ているのだろうか? まあ、商標登録もしてないだろうから、問題はないのだろうが。でも本書の冒頭で白井聡は、「2023年は戦前ではなく、ほとんど戦中になっているのかもしれません」(P16)と言っている。それなら「ほとんど戦中」というタイトルにすべきでは?と思うけど、まあ「新しい戦前」の方が売れるだろうな。

 で、本書は、内田樹白井聡の対談本。2023年の8月末に発行されているから、まだガザ侵攻も起きていないし、自民党の派閥の裏金問題も、能登半島地震も発生していない。今の時点で二人が対談をしたら、また違う事柄も話していただろうが、それは仕方がない。第1章「『戦争できる国』になるということ」、第2章「凋落する覇権国家の行方」、第3章「加速主義化する日本政治」と、日本の軍備・戦争を巡る状況や、アメリカとウクライナやロシアを巡る問題、そして維新や自民党政治の実態など、政治状況を批判した後は、第4章「『自分らしさ』と『多様性』の物語」、第5章「日本社会の何が“幼稚”か」、第6章「『暴力』の根底になるもの」と、こうした政治状況に至る日本社会の病巣について指摘する。最後の第7章「この国はどこに向かうのか」は、結局「なんともならないよね」という感じで否定的な言論が続くが、唯一、地方政治の可能性を述べているのが一筋の光明か。

 結局、我々にできるのは、選挙に参加することと、あとは政治状況をよく見ていくことだけか(もっとも白井氏はデモ等への参加を主張するが}。それでもさすがに生きにくさの正体が、今の政治状況、これまでの政治家の所業にあることがようやく表に出てきたようだ。さて、この国はどこへ向かうのか。辰年は「変革の年」と言われる。まだ今年もわずか20日ばかりが経ったばかり。何か大きな変化があることを期待したい。もちろん良い方向の変化が。

 

 

○【白井】私が…『永続敗戦論』で指摘した核心的問題は何一つ解決されず、むしろその病理がますます表面化しています。その行き着く先は、さらなる統治の崩壊と戦争であろうと私は確信しています。…内田さんと私の間でおそらく完全に意見が一致しているのは、「そう簡単には立て直せない」ということだと思います。そこまで日本の国家と社会の劣化はきてしまいました。ある席で内田さんは、「これまで70年ほど生きてきたけれど、今の日本は間違いなくその間で最悪の状態」とおっしゃっていました。(P3)

○【内田】日本にはエネルギー、食料、医療品などの戦略的備蓄がありません。戦時の国民生活を支える備蓄をせずに、ただ軍備だけ増大している。…アメリカ…に服従…すれば…長期安定が保証される。そういう国内的な事情での軍備の拡大です。…国防予算だって…まず先に数字がある。それは「本当に戦争になったら」ということについては何のシミュレーションもしていないということです。(P71)

○【内田】「加速主義(accelerationism)」というアメリカ発の思想があります。もう資本主義は末期である。これから世界はポスト資本主義の社会に入っていくが、民主主義や基本的人権や社会正義といった古めかしい近代主義イデオロギーのせいで、資本主義はむしろ延命している。資本主義の欠点を左翼やリベラルが補正しているせいで、もうとっくに滅びてもいいはずの資本主義がまだ滅びていない。むしろ資本主義を暴走させて没落を加速し、資本主義の「外部」へ抜け出るべきだという思想です。(P108)

○【内田】そもそも人間て、いい加減なものなんです。いい加減な人間に厳密な尺度を当てはめることはできません。いい加減なものはいい加減に、複雑なものは複雑なまま扱ったほうがいい。エスニック・アイデンティティにしてもジェンダーアイデンティティにしても、半ばは脳内現象なんですから、扱いを間違えると暴走する。それを抑制するためには、そういう寛容さや緩さが必要なんだと思います。生身の人間なんですから。(P156)

○【白井】維新にしても、言っていることは結局インチキで、都構想や万博、IR・カジノをやれば大阪はすごくよくなるなどと花火をぶち上げて勝ってきました。実は全く根拠がないけれども…みんな何となくそれでよくなるような気がしてくる。/【内田】「溺れる者は藁をもつかむ」ですから。維新は藁を出す手際がよいから。…万博もカジノも失敗すると思います。特にカジノは絵に描いた餅ですから、オープンするよりだいぶ前の段階で…関係者全員逃亡という展開になると思います。(P244)